記録47 漁業支援。

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ボランティアも色々な支援や手助けが増えて来た。
逆に自衛隊の方々は規模を縮小しはじめて未だ避難所に居る方達が
湯沸かしや食事に困り始めたりしている。

いつまでも頼ってばかりは居られないが政策は全く見えてこない。

2011、6/30記述。
被災地は一週間も立つと情報は古くなります。
この記事を後日見た方は必ず近況をお調べください。






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牡鹿半島小渕浜での漁業支援。
この日は牡蠣の養殖に使う貝殻の洗浄と選別。
ボランティアセンターで今日はここに行くと言ったら
「洗浄カメラマンいってらっしゃい。」と言われた...

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この日は閖上からHさんも参加、本人曰く今までで一番過酷でした、と。

そうこの日はとにかく厚かった。。。
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休憩はst-xiaoさんと奮闘した場所、この中で休む。
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この日は日帰りボラの団体も一緒。
栃木から早朝出発6時間かけて牡鹿半島まで来てすぐに作業開始。
終わるとともにまたすぐに栃木まで。なんでも宮城にボランティアさんを
いっぱい送ろうと企画していただいているようだ。
食事中隣りに居た方は看護士さん。夜勤明けにバスに飛び乗り来ていただいた。
病院でも派遣してたけど選出されずどうしても現地に行って見てみたかった、
来て感じたのはまだまだ人の手も足りず想像より酷いと感じたそうだ。
やはり自分の普段生活している所とのギャップが激しいとも。。。
ありがとう、動き出してくれること感じてもらう事。

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ピースボートの人たち。疲れがたまっていると思う。
慣れている団体でさえこんな感じ。

やはり日帰りの人たちに特に感じたけど頑張りすぎてしまう。
休憩とってくださいと言っても頑に取らない人もいる、すると
休んでいた人までまたやりだしてしまう。
炎天下での作業、体を壊してしまっては・・・

被災地での作業、団体行動、リーダーの言葉には従っていただきたい。
心からお願いいたします。


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このお二人は写真家有人さんの写真教室の生徒さん。
右のasamiさんも看護士さん、この日おかえりになるとの事で
Hさんと一緒に仙台へ。道中色々お話しを伺ったけど
宮城に転勤までしようと思っていただいたらしく、病院の方たちに
毎月おやすみあげるから必ず帰って来てね、と言われたそうだ。
彼女も次の日の朝からお仕事。本当にありがとうとしか言葉が出ない。。。

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午後は絡まった浮きのロープを外し運ぶ作業と引き続き貝殻洗浄。
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徐々に満ち潮に。今日から大潮で作業も早めに切り上げねばならない。
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わざと海に浸からせ泥を洗い落とす。
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地元の漁師さん36歳イケメン、口数少なし、独身!!!。
お嫁さん絶賛大募集中!!!と言う訳で美人チームをケンさんの呼びかけで結成。
Hさんasamiさんも。
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そのケンさん。四万十塾のスタッフの一員。
トールさんもジョンさんも四万十塾の方々はここでずっと支援をしていただいている。
素晴らしい方々です。ケンさんにここの歴史を教わる(笑
もはや地元の人並に詳しいかも。
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最後は皆さんへご挨拶、今日やってくれた事はいずれ成果となって
テレビや新聞なので報道されると思います。
その時思い出してください。また来られる人は是非お願いします。
挨拶が終わると自然と拍手が起こる。


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皆さんありがとう!、それぞれの駐車場へ。
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記念撮影を頼まれる。

いつかきっとここで美味しい物を食べて元気な姿を見てみたい、切に願います。
by nu4602 | 2011-06-30 22:04 | 震災の記録。
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