カテゴリ:震災の記録。( 59 )

語り部。

いっぱい更新したいことがあるのですが忙殺されていて、
どうしても伝えねばならぬことがあります。

ここのところ震災関連の冊子の取材で
関連各所に取材が続いています。
今日は南三陸ホテル観洋さん。
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女将さんの取材だけの予定でしたが
皆様もしお時間ございましたら
食事と是非語り部のバスツアーを
体験していってください、というお言葉に
甘えて体験していくことにしました。
その語り部とは2011.3.11の
東日本大震災の様子を
ホテルを中心とした場所へ移動し
物語ってくれる震災を忘れぬための
バスツアーのことでした。
http://www.mkanyo.jp/語り部バス/
同じ宮城にいながら観洋さんからの
その素晴らしい
太平洋の眺めに改めて感動し
美味しい美味しいキラキラ丼を
色々なお話しを交えながら
堪能させていただき
語り部の佐藤さんとご挨拶
いよいよマイクロバスでスタート。
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南三陸での当時の様子をとつとつと
写真を織り交ぜ震災時現地にいた
方ならではの緊迫した様子状況を
伺うこととなりました。

実際私たちも仙台にいながら風化の
スピードはとても早く感じられ
いまでは日々の生活に
追われている状況です。

そこでの今日の体験はとても貴重な
体験として脳裏に刻まれることと
なりました。
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まずは当時の津波の来た時間でまさに
時が止まったままの時計がある
小学校でのお話し。

少し高い位置にある小学校で
津波を撮りに行った何人かが犠牲になり
また車から降りてきたおばあさんを
助けに先生たち三人が波に飛び込み
一人が犠牲になった話に始まりました。

冒頭の津波の写真を撮りに行って犠牲に
なった方のお話しは身につまされました。
今現在その場に立ってまさかこの小高い
場所でそんな波が来たのだろうか?
もしいま同じ状況で
私もその場にいたらきっと同じ行動を
取ってしまっていたかもと脳裏を
よぎり胸が少し苦しい感じがしました。

しかも津波はその
小高い場所をぐるりと回り
裏手からも押し寄せ校庭は
一瞬にして海面と化したそうです。

当初子供達とともに
校舎屋上へ避難していた時
ある先生が避難は裏手のもっと高い
山へ登る決まりだという発言に
職員会議が開かれその場では
結論が出なかったものの
校長先生の決断で一斉にその場所へ
避難。いざ津波が押し寄せると
屋上は津波にさらされ結果
幼い命が助かり
近くの高校はもとより
多くの犠牲者が出た中で
その決断行動が正しい判断へと繋がった
というお話しでした。
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次に葬祭会館へと
場所を移動しました。
そこは観洋さんの所有している
建物で当時の被災状況のまま
保存されていました。
ヘルメットを着用し3.11の時
催事をしていた
団体さんの緊迫した様子を
実際の避難経路をたどり
お話しを伺いました。
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逃げ惑い困惑しながらまだこの高さでは
危ないと二階から3階、3階から屋上へ
少数の勝手な行動をする人たちを
戒め全員で屋上の狭い空間へ逃げ込み
寒さに震えながら300人以上が助かった
というお話しを強風の吹き荒れる中
実際その建物の屋上へ行かせていただき
屋上ギリギリまで来た津波の跡や
その屋上でさえぶつかる波しぶきが
10M以上舞い上がったという
緊迫した状況をビリビリとした
感覚の元感じさせていただきました。
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この建物へは実際立ち入れるかどうかは
わかりません。少数だったので
特別に立ち入らせていただいたの
かもしれませんが
いまではその姿を消しつつある
震災遺構にあっていまもある
その建物は多くの命が犠牲に
なったなかで懸命に生き残り
津波に耐え一つの決断が
その命を救ったという
当時の様子をなによりもリアルに
雄弁に物語っていました。

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最後は町民へ若い女性職員が最後の最後まで
避難指示を伝え犠牲となった
悲しくも有名になってしまった
防災庁舎へ行き手を合わせました。
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今回の各市町村の
首長のインタビューで
感じたことは
まだまだ復興という簡単な
言葉で片付けられない
何もかも流され失った状況で
生まれ変わり新しい歴史を
作っていくという強い絆の元
頑張っている地域の方達の姿を
その状況を風化させず
発信し続けなければいけないと
ひしひしと感じさせていただきました。

そんな思いを抱きながら帰りがてら
女川に立ち寄りやっと開通した
JRの駅の目の前に出来た商店街で
そこに気概を持って面白い商品を
ダンボールで作る会社の
ランボルギーニならぬ
ダンボルギーにを見てはしゃいで
来ました。
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是非是非皆様東北に足を
伸ばしてください、
お金を使ってください(笑
どうしても二次交通に乏しく決して
便利ではありません。
PRも上手ではありません。
過疎化も進み人口の流出も
止まりません。何かを期待してきたら
何も無いところかもしれません。
でもでも美味しい美味しい
料理や朝日や夕陽の中見る
その景色は感動すら覚えます。
なにより葛藤し生活を立て直そうと
もがいている住民の方たちの
その状況に気持ちを
ほんの少しだけでもいいので
寄り添っていただけるだけでも
本当に嬉しいいと思うのです。
そして何かを感じて行って
伝えてください。
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散文長文となってしまいましたが
最後までお読みいただいた方
本当に感謝申し上げます。

敬具
2015.12.25
沼田孝彦
by nu4602 | 2015-12-26 05:33 | 震災の記録。 | Comments(2)

記録54.震災から一年。

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大震災から一年久しぶりの記録です。
元旦を迎えて新しい年と言うより
なんとなく時計の針はここで止まり
しばらく動かなかった気がします。
そしてここが区切りとなってしまった。

長かった半年、そして仕事が復活してから
通常の生活に戻って違和感を感じ続けている今、
石巻や気仙沼の人たちの生の声を聞き
東北の為にいまだ頑張って奔走してくれている仲間。

あふれかえった絆の言葉、でも確かにうまれた本物の絆も
私にとってかけがえの無い宝であり大切な仲間友人が
出来た事に深く感謝したい。

一瞬で亡くなった多くの犠牲者のかたがた、
そして残された遺族、友人。
彼らの気持ちはまだやっと一年。

福島の人々は見えない時を過ごしていると思う。


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そんな複雑な思いを抱きながら迎えた3.11。。。


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by nu4602 | 2012-03-16 01:51 | 震災の記録。 | Comments(0)

光のページェント。

仙台の冬を彩る光のページェント。

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実はこの電球を保管していたのも海沿いの倉庫で大震災の為流されてしまいました。
その情報は結婚式に出席していたゲストの方が近くで勤務されていて
被害に遭った事を雑談でされていて初めて知りました。

以来、今年は駄目かな、と心の中で諦めて居ました。

しかし先週から準備が着々と進められとうとう試験点灯に立ち会うことが出来ました。

一緒に居たメイクさんが今年は色が二つありますね〜と言うので良く見ると
本当だ、オレンジと白がある...写真では分かりづらいのですが
はっきりと二色有るのです。
するとMCの本間秋彦さんが今年のページェントは津波の被害に遭い
開催が危ぶまれた事、しかし多くの方の協賛や手助けを借り更には
表参道イルミネーション実行委員会の方たちから足りない分をお借りして
なんとか開催にこぎ着けたそうです。

この二色の色合いがそんな話しを聞いてから見るとまた一段と綺麗で
幻想的な雰囲気を醸し出しています。

川開きの灯籠もそうだったけど、この一つ一つの光が犠牲になった人
これから生まれ来る人みんなの灯火に見えて目映い光の中
とても感じるものがあります。

今年は12/2日〜12/31、17:30から22:00までだそうです。

ボランティアに来てくださってる方たちにも見ていただきたい。
仮設住宅や避難してる人たちにも見てもらいたい、
きっと希望が湧いてくるそんなイベントになる気がします。



by nu4602 | 2011-11-29 07:34 | 震災の記録。 | Comments(0)

前進。

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今日も楽しく過ごしました。
最近は震災の影響で延期された方、仮設住宅から来られる新郎新婦、
お父様を震災で亡くした新婦様、大震災の影響を受けた方たちの
式が増えています。みな様この状況で式を挙げていいのか悩んで
当日を迎えます。終わってからは安堵の表情と挙げて良かったと言う
一言。新しい命も育まれています。
もっともっと明るく前に進める様に私も喜んでもらえるように、
たくさん写真を撮り続けたい、そう願う一日でした。
by nu4602 | 2011-11-25 23:35 | 震災の記録。 | Comments(0)

記録53 引っ越しとともに。

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愛する仲間達が集う石巻支援ベース絆。

ここともお別れが近づいて来ています。

私は一度しか宿泊しなかったけど色々な出会いや絆出来事を
見守ってくれました。ありがとう。
地元の方の交流場所、いままで提供いただき感謝します。





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by nu4602 | 2011-08-10 00:40 | 震災の記録。 | Comments(0)

記録52 絆

すっかり更新が滞ってます。

でも愛する人たちに囲まれて元気に仕事ボランティアこなしています。

お盆をすぎたら仕事は全開モード、震災前に回復しました。

お盆も返上で仕事になってしまいそう。

ベースへ足が遠のいてしまうのが心苦しいのですが
精進します。


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ボランティアさんにボランティアされるハプニングから
仕事、ボランティア、仕事と追われています。
マリ子先生、かえこさんかえさんまだお会いしてないあやさんありがとう。

ベースに集う仲間達感謝します。

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by nu4602 | 2011-08-05 23:19 | 震災の記録。 | Comments(4)

記録51 夏とお祭りと...人。

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おかげさまで明日の撮影でちょっと一段落。

今日も朝から撮影に急遽ボラセンに壊れたmacちゃんを引き取りに。

帰って来て現像処理。汗ダラダラ。。。んでも仕事でかく汗はやっぱ気持ちいい。

写真は七ヶ浜。通称外人浜。
別荘があり外国人が住んでいてとても良い場所。
でもご覧のとおり。

宮城でもびっくりするくらい早い梅雨明け。
皮肉な事にこんなに夏全開なのに海は誰もいない、当然だ。

いつになったら海水浴場がいつもの人であふれ帰るのか、虚しさだけが残った。



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by nu4602 | 2011-07-18 00:46 | 震災の記録。 | Comments(0)

記録50 自立。

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ボランティアの方たち。

頭が下がる、宮城の人間として本当に感謝している。

同じに最近は歯がゆい思いをしている
仙台の人たちがちょっと先の石巻や南三陸、気仙沼の様子と
乖離し始めてる気がする。

関心が無い。。。



責める気は全く無い、同じ被災地だし牡鹿の人たちもそう言ってくれる。

今週はおかげさまで仕事が続いている、
夜その方たちと飲みに行った、久しぶりに国分町へ。

人がわんさか居た、正直びっくりしたし嬉しかった、
飲食系が悲鳴を上げていたから少しは景気が回復してくれるんじゃないかと。


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そして今日、仙台から小一時間でこられる七ヶ浜。

大規模のボランティアさんは溝のかき出しがメインになりつつある。

ニーズがうまく行ってないのかもしれない。。。

もしかしたら業者の仕事を奪って行けないから待ってるのかもしれない。









私は毎日元気をくれる人も居るし、私も依存してしまっている、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



今日、実家が被災した方が今は地震の事で辛かった気持ちを話せない、
明るい話しをしないと皆沈んでしまうかと思うと言えないとおっしゃってた。

廻りに配慮して我慢してしまう、ストレスが溜まってると思うけど一切表に出さない。



なんか今日はうまく書けない。。。

仲間には本当に助けられてる、ありがたい。

きっときっと復興して恩返しをしたい、そのためにも自立を目指そう、
仙台の人たち、もっともっと関心を持とう。




仕事が詰まっているのでちょっとブログおやすみします。
by nu4602 | 2011-07-09 00:26 | 震災の記録。 | Comments(2)

記録49 スーパーシェフ見参。

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民主党さん、宮城に地盤は無いよもう。
ほんと偉いんだね政治家って、ほんと尊敬しますよ
その勘違いぶりと権力に対する欲望は・・・



被災地には本物の人たちが居る、見極めたい、その人たちにこの国を
守ってもらいたい。僕たちも傍観者になっては行けない。

行動しよう考えよう。


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by nu4602 | 2011-07-06 12:06 | 震災の記録。 | Comments(4)

記録48 写真とふぉとぐらふぁー。

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いろいろな所でも声が上がっている写真復元プロジェクト。

石巻は外から見ているとニュースで頻繁に流れるせいか
復興も一番進んでいると思われがちだ。

でも現地では取りあえずどかした瓦礫、大量のハエ、ダニ、ホコリ、
早く生活が戻る様に支援はそちらの処理が優先的になる。

津波で流されて来たアルバム類は引き取り手が無いと梅雨のこの時期
あっという間に駄目になってしまう。

先日お手伝いに来たAsamiさん。
彼女は関東で写真洗浄ボランティアに参加されてます。
現地では優先事項がまだまだあって手が回らないと話すと早速手配してくださいました。

ありがとう。




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by nu4602 | 2011-07-05 08:54 | 震災の記録。 | Comments(2)