<   2011年 03月 ( 24 )   > この月の画像一覧

記録3

地震の教訓。

この中の記事より抜粋。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
★津波てんでんこの真実「津波哀史」
 三陸地方には、繰り返し襲われてきた過去の悲惨な津波被害の教訓として、
「地震・津波の時は、親が子を子が親を探していたら逃げ遅れるぞ。
てんでばらば らに逃げろ」という教えが「津波てんでんこ」という防災文化として残っています。
危機に際し親が子を子が親を慮るのは人の心情としても自然の感情・行動で す。
しかし、それを否定せよというこの悲しい教訓にはもうひとつの切実な願いが込められているのです。
それは、明治三陸津波地震で130戸、昭和三陸津波 地震で66戸もの一家全滅という
悲劇があったからなのです。代々積み重ね続いてきた家系や血統が一家全滅で
絶えてしまうことを懸念し、親が子を子が親を探 していたら一家全滅の憂き目にあるかもしれない。
家系を絶やさないためにてんでバラバラに逃げろ「津波てんでんこ」となったいったのです。
「津波てんでん こ」は。津波哀史から生まれたぎりぎりの住民たちの哀しい叫びなのです。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------


ここから先は石巻での被災した様子を写真で掲載しています。
不快に感じる方はご遠慮願います。
また不意に見てしまい、不快に感じた方、お詫び申し上げます。
興味本位では無く復興までとこの災害の記憶を忘れないため
記録します。

More
by nu4602 | 2011-03-30 23:39 | 震災の記録。 | Comments(4)

記録2。

d0196560_22315351.jpg

朝5時半。仙台市泉区の運転免許センター付近。
ガソリンスタンドの渋滞は未だ収まらず。
ただ、午後に行くと少し待てば容れられるように、場所に寄っては
満タンにしてくれる模様。



何年も前に雑誌「kappo]の取材で三陸沿いをドライブすると言う企画で訪れた。
その時初めて三陸沿いを北上し、海の幸や人々の暖かさに接した。

その時一番思い出に残っているのが地震や津波で大きな被害を何度も
受けた教訓を活かした記念館があった事。
時間があったのでその時にゆっくり見る機会に恵まれて
明治の大災害のときの絵に描いた凄まじい記録、詳細に書かれた文献、
津波が朝に突然襲って来た再現映像・・・

圧倒され非常に強い記憶に残った。
災害は必ず訪れる。今回原発でもそうだが絶対安心などと言う言葉は無い、
便利なもの最先端なものでさえ自然の脅威の前では無力だと知る。

前向きに(今はそう考える余裕は無いが)考えればこの経験を
多いに活かし前進する事も出来るのでは無いか、決して忘れては行けない、
その思いが三陸への取材、そして暖かく迎えてくれた方々へ
恩返しと支援と言う形で残したい。

切にそう願うのです。






ここからは3/30石巻の様子を掲載しています。
不快感じる方はご遠慮願います。
好奇心で載せている訳では決してありません。

More
by nu4602 | 2011-03-30 23:07 | 震災の記録。 | Comments(0)

記録1。

またお詫びです。

以前の記事でわざわざ震災の被害が大きいところに行ってシャッターを切る気にならないと
書きました。

一つには復興を目指している被災者の方、そして関わっている方、
非常に強いストレスを感じている中で「使命だ。」とこの言葉を振りかざすのが
非常に抵抗を感じ、報道のプロに任せ私は違う形で復興に協力しようとの思いが強かったのです。

ですが日に日に震災当時何が起こったか、そして二週間経った今、
どんな状況なのか、その現場を感じて後に伝えるのも大事なのでは無いか?

wajiさんだったら沼田さん、僕のブログを見て、いつも私が独り占めしている
大好きな時間があるでしょう、写真に収めるのも迷惑をかけなければ
必要なんじゃないかな?と悟らせていただいた様な気がして。
(勝手に自分に都合のいいようにwajiさんの思いなんか書くなと言われそうですが。。。)



津波の映像もあります、不快に感じる方はここから先はご遠慮ください。


仙台空港近辺@3/29
by nu4602 | 2011-03-29 20:41 | 震災の記録。 | Comments(8)

旅の友。

d0196560_1165317.jpg


今日はアメリカから友人が帰国しました。

昨年プラベートな事でito様が仕事を兼ねて来仙、
わざわざ一泊していただき励ましを頂いた。

その時行った先はワンモアタイム。
ここはライターk君の行きつけの場所。
一緒に仕事をするたびに沼田さんを連れて行きたいところがあるんですよ、と常々話していた。

一回行ったらそれはもうはまったのなんの。
ito様にも是非来てもらいたい、と。

その時偶然Kくんも来店、ito様が前の週くらいにR66に行って写真を撮っていた話で
盛り上がり、K君も毎年行っていると、、、良いな〜今度行くときは誘ってね〜と。

冗談半分とも酔った勢いで言いながら仕事に明け暮れて何か大事な物を失った
喪失感の私は本気で行ってみたい気分になっていた。

そして年が明けてK君にスケジュールを聞くと二月はマカオにレースをしに行くので
三月になりそうです、と。私も二月は全ての週で結婚式の撮影、ちょうど良いかも・・・

そして二月半ば、もう一度聞くと仏滅で日の悪い週を挟んだ三月第一周目から
三週間K君は全線走破するとメール。

これはもしや最初の二週間だけでも行けるかも、とすぐにメール。

K君もご一緒出来るならレンタカーのグレードアップに旅先で色々なレストランに
行けそうなのでもし良ければ、と返事をもらった。

そして私は一緒に飲むたびに飲み代と引き換えに旅の日程計画を全て
任せる!と買収し(笑、段取りを全てしてもらった。

仕事も何件か断りながら今回だけと忍びない気持ちになりながら。



そして始まったお登さん日記、単なる観光と全く違った現地の文化に触れながらの旅。

その最中遭遇した未曾有の大震災。。。

d0196560_1173888.jpg


旅を続けて良いものか?このまま帰らずのんきに観光気分に浸れるか?
親友の家族が見つからない中で景色も入らず無言のまま続けたドライブ。



ポジティブに考え、恵まれた環境にいるなかで乗り切らねば帰仙して果たして復興に向けて
お互いやって行けるのか?色々な考えを巡らしながら、当初の日程通り私は
シカゴまでつれて来てもらった。

そして一週間、私は浦島太郎状態から現実になるまでやはり時間がかかった。

その際、独りで3800KMの道のりを戻り不安な気持ちを抱いてK君は帰宅。

これからまた色々な状況下でストレスが溜まると思うけど、この大震災を
遠くアメリカで迎え海外から日本を見ていた事、不思議な縁と経験は忘れがたいものになった。

岩沼の自宅は奇跡的に被害が少なくて済んだようだけど、ほんの数キロ先は
尋常じゃない姿に変わっている。

きっと私が住んでる場所より肌で感じると思う。

d0196560_11105564.jpg




今日のガソリンスタンドは昨日より並んでいた。

いつまで続くのか、まだ先が見えないけど、この経験を活かして前に進みたいと思います。

ito様Konisshi様K君、ワンモアタイムでまた会いましょう。

by nu4602 | 2011-03-29 11:14 | 雑記 | Comments(0)

あらばきショック。

d0196560_13542522.jpg


延期決定のお知らせ。

ふふふ、四月が完全に仕事吹っ飛んじゃった。
まるっとボランティア出来そうで良いけど、六月は無収入で仕事しないと
駄目かも。。。



一歩私が進めるか(涙

知人が仙台空港で車を流されてしまったようだ。
マンション一戸分の新車ゲレンデ。

車両保険は津波は適用されないと。
生きてて良かったと言われてもなかなかショックは大きいと
おっしゃってる。

車好きにはこたえるお話しでした...

今更ながらユーチューブで被災当初の映像を見て愕然としている。
きっとまた地震という災害は時を超えてやってくる。
教訓にする為にも今は記録しよう、いらないものは後で消せばいい。

とそんな気分のお昼時。

コーヒー煎れよう。
by nu4602 | 2011-03-28 13:59 | 雑記 | Comments(0)

週明けて。

d0196560_8391910.jpg

ガソリンが塩釜港に大量に入ったと報道を見た。
昨日おとといと今までで一番長い行列を見ていたので
今日朝一で行ってみる。

1.6kmの渋滞。半日待って入れられるかどうか・・・

戻って来て現像をすることにした。

震災から二週間騙し騙し使ってたガソリンも皆限界の模様。

四号線は通勤ラッシュ?

そろそろ仕事を再開する人たちが渋滞を作っていた。

仕事に行かねばならない、一気にガソリンを消費する
またガソリンスタンド渋滞は始まる。
悪循環。


まだまだ落ち着かない、仙台。


物流は入って来ているのだがいわきが心配でならない。。。
by nu4602 | 2011-03-28 08:45 | 雑記 | Comments(0)

被災直後。

 
d0196560_1944388.jpg

今日は友人の地元河北町に行く予定だった。
だったと言うのは彼が東京から向かっていたのだが予定より大幅に遅れて来たので
私は同行する余裕が無くなり彼らは急いで地元に向かった、友人はそのまま、また東京に
戻らねばならない為。

社会人になってから出来た数少ない友人の一人。

地震が発生してから四日目か五日目、私たちも移動を開始したときに
彼からメールが来た。

家族とまだ連絡が取れないんです、幼なじみも・・・

彼の結婚式で写真を撮った私はご両親も幼なじみとも会っていた。
そのメールには行ってもしょうがないのはわかってるけど東京から
新潟、新潟から山形そして仙台に向かいますと書いてあった。

私は彼が移動している間情報収集出来ないだろうから
インターネットで情報が無いか探ってみる、両親の名前と幼なじみの名前を
フルネームで教えてくれと、すでにグーグルの災害掲示板には
投稿してますが念のためお願いしますと名前を教えてもらった。

その日のモーテルでの夜、他の掲示板やツイッターなどで情報を載せ河北町の情報を探したが
なんの手がかりも得られなかった。

次の日の日中は旅をしてても全く景色も入ってこず写真もほとんど撮る気になれなかった。
そしてその日の夜、進展はあったか友人にメール。

「するともういいっすよ、覚悟してます」、とあきらめきった返信。

短気な私は馬鹿やろう!あきらめるんじゃねーとメールした。
友人は黙っていたが現地の様子を伝え聞いて惨状を目の当たりにした状況では
覚悟を決める以外どうしようも無いくらい悲惨だったようだ。
現状を知らずに私は怒り情報を集めていた。
今にして思えば知らなくて良かった・・・。


色々検索していたらyahoo知恵袋と言うのにかなり詳細に河北町に関する
投稿記事があった。橋の名前や食堂で炊き出しをしていると。

すぐにメール、「ここは実家に近いか?」と。
返事は、「近いっす!すぐ近くです!」と。
内容を見るとその近辺はまだダメージが少ないものの海沿いの状況が
ひどく避難所はそのダメージの大きかった一帯の人たちでいっぱいだと。

状況から見るに避難所は海沿いの人たちで実家はダメージが少なく
もしかしたら家に居るんじゃないか?とメールしたら
希望がわいて来ました廻りにメールしてこっちでも情報を集めます
との事だった。
実際避難所の名簿リストをもとに家族の名前が無く彼は絶望しつつあった。

その日の朝、日本では深夜だったか友人からメール、
「親戚と母親が無事だと情報がありました!」と。

少し安心したが父親と幼なじみはどうしたのか気がかりだった。
そしてまた移動、シカゴに向けて移動がほとんどの日程、
無事である事を祈るしか無い...

その日は進展無し、明けた朝、メール。
「父親と幼なじみが無事!」との報告、良かった!!!胸を撫で下ろす。
なんでも海沿いの悲惨な状況下で次々とあがる遺体を収容する
手伝いをしていて、違う場所で彼らは過ごしていたと言う。

つい先日まで過ごしていた変わり果てた仲間を
運んで居たと言う幼なじみと父親はどんな気持ちで居るのか
想像もつかないと友人。まさに戦場の様な状況。

そして仕事そっちのけでアパートと現場を往復する幼なじみに
不足している物資を運ぶと昨日連絡があり、私も手伝いに行くよと言っていたのですが
大幅に予定が狂って私は同行出来ませんでした。


そろそろ着いているだろうか。

私は姫と会いその後姫からのメールを見てわがままを貫いたけど
少しだけ贖罪をした気分になった。
あいつらも私と似ていて後先なんかより突き動かされるものに逆らえない。

あれから今もガソリンが無い状況で色々やれるんじゃないかと
考えているがまずは出来る事やらねばならない事を優先している。
それらを冷静にやっとこなしているのが現状だ。

そのなかでもご助言を頂きある準備を始めようと思っています。
頭はクールに。




荒浜で生還された方のブログ。

アメリカでごく身近な荒浜で200〜300の遺体、と報道を聞き、
なんで逃げられなかったんだろう?どういう人たちが犠牲になったんだろうと
疑問に感じた。しかしこのかたのブログを読むと逆に生還出来たのが
奇跡としか言いようが無い。

まだまだこれから目に見えない形で復興の妨げになるかと思うが
一歩一歩、前進するしかないと切実に感じる。

岩手陸前高田の航空写真。
焼け野原のように何も無くなっている。。。
by nu4602 | 2011-03-27 19:48 | 雑記 | Comments(0)

詐欺よりこの日本のシステムが怖い。

kayokoの一部
by nu4602 | 2011-03-27 08:26 | 仲間 | Comments(0)

お詫びと反省とやるべきこと。

追記あり。


ここ数日、仙台に戻って来て色々考えます。

考えてるだけでどうするんだ?と言われそうですが。

・・・・色々書いて一回リセットしました、
驚くほど言い訳を書いていました。



まずは今の率直な感想です。

今現在、我が家はほとんど被害がありません、
なので浦島太郎状態の私はまだピンと来ていません。
だからと言ってカメラを持って津波で被害にあった場所に
軽々しく行く気にはなりません。それが使命だなんて勘違いもしません。

じゃあ、お前は何しに戻ったんだ?意味ないでしょ?と自分でも思います。
今でもやっぱりバスで成田から数日遅れても予約取って帰れば
色々な方たちに迷惑かけずに済んだかもしれないとほんの少し思っています。

Konishi様もおっしゃる通り(また名前を出してすいません)私たちは
興奮し血迷って結果、廻りから何してるの?そんなの美談にして
自分たちだけ酔ってるんじゃないの?と。

でも私は迷いに迷ってお車を借り自分のエゴを通していろいろな方に
迷惑になる行動を貫きました。
ここでふんぞり返る気ではありません、ただここまでやったからには
今後やらなければならない責任が生じるだろう、それを全うするのが
今の私だと感じています。

だから何を?と言われるとまだ明確な答えが出ていません。


私は今現在もなんら復興に寄与せず閉じこもってアルバムを作っています。
こんな状況で納期を気にしています。

結局、言い訳をすると仙台はまだまだガソリンが手に入りません、
ここでやれる最初の事は結婚式を挙げて複雑な想いをしている方々に
一刻も早くアルバムを届けること。

四月いっぱいはほぼ仕事は無くなりました。
アルバムも二週間も掛からずすべて納品まで済むと思います。

四月後半は完全に暇になります。関係会社様からはもっと割のいいお仕事に
鞍替えしても構いませんよとおっしゃっていただきました。
でも今までお世話になっていてそんな気分になりません、困ったから
ハイさようならなんてことは私の性に合いません。

元々後先を考えることが出来ないんです。
でも達観して悟ったような事を言われるとなんでかわからないんですが
憤慨して結局動いて怒られます。反省しています。

なので暇になったときまた暴走するかもしれませんが常に冷静に
意見を聞きながらなにかやれないか大きなことじゃなくても
小さな事でも模索し続けます。

そしてどうかまた結婚式の撮影が戻って来たらこんな男ですが
立ち会わせてください、目一杯撮らせてください。



ほんと、バカな男は反省と行動を示さねばと思っております。
小さい事で愚痴を言ったりしてたのも自分で情けないな〜。



今後ともよろしくお願いいたします。



追記

ちょっと説明不足の箇所がありました。

今カメラを持って被災地に行って写真を撮るのがと言う箇所ですが、
カメラマンとして本当はこう言う状況を写真に納めなくてどうするんだ!?
と言う葛藤はもちろんあります。ただ阪神大震災での報道で
混乱している際にカメラを撮るだけのために現地に入って
興味本位ではないのでしょうがただ撮り続けている人たちが
多く、困惑していると言った報道を目にして、そのことが強く心に残っています。

今現在はガソリンが入手出来ない事、まだ避難所に居て身内の行方が
わからず、食料もガソリンも、この先、明日どうしたら良いのか困り果ててる人たちの
ところでシャッターを切るのに非常に抵抗があるのです。

今は報道カメラマンが撮っていてくれているだろう。
だから待っていてくれる人たちに早くアルバムを届けられるようにパソコンに向かっています。

友人は閖上で実家を流されましたがその現状の写真を撮ってほしいと言っています。
当然私に依頼をしてくれてそれを断る理由は全くありません。

混乱しています、当時者の気持ち、カメラマンとしての行動、
今だからやれることやらなければならない事。

現地でしかわからない事いっぱいあります。
そのために戻って来ました、そこを忘れては行けないと感じています。

無理をしては居ません、安心してください。葛藤しています。
混乱しています、でも目の前だけに追われては行けないとご助言いただきました。

前に進むために行動します。
by nu4602 | 2011-03-26 14:24 | 雑記 | Comments(2)

想うこと。

d0196560_18412467.jpg


今日は印刷所から届いたアルバムをご家族と取引先の会社へ置いて来た。
道中のガソリンスタンドはまだ麻痺状態、コンビニは開いていても
おにぎり数個と二週間前の雑誌、日用品ちょっと。

異常なのか、一昔を考えればこれが普通なのか考えさせられる。
考えさせられると言えば・・・

私のスーパーヒーロー、Konishi様へ。
こっちではちょっとしたヒーローです。そんなこと望んでいないのは
重々承知してますが、私が意外に早く帰って来れたことで、何故?と
言う話題になり当然のことながらブログや私の説明で感嘆しております。

一人の男には(情けない男ですが)一生の恩などと簡単には言い表せない
不思議な感情と想いを与えてくださいました。
私はこの想いを私だけの胸にしまっておくつもりはありません。

昔バイトしていた先で先輩方には大変お世話になり飲み方や
仕事に対する姿勢を怒られ褒められご馳走になりその中で
いっぱい教わることができました。お金も無かったその頃どうやって
恩返ししたら良いかわからないと言ったとき先輩はお前が
そう言う立場になったら後輩に必ず引き継げと言ってくれ
私はその想いをとても大事に実践しようと胸に誓っています。

ここに来て親友とおっしゃっていただいているKonishi様の行動は
私だけでなく後輩や廻りの人たちへ間違いなく伝わっています。


皆様の意見もkonishi様を気遣っての想いでいらっしゃると感じます。

More
by nu4602 | 2011-03-25 18:18 | 無題 | Comments(5)